「虚言癖の論文を読みたいけれど、どれを信頼すればよいのか分からない」と迷いますよね。結論からいうと、病的虚言を独立した診断概念として検討する研究は進んでいますが、原因・診断基準・治療法まで確立した段階ではありません。
実証研究では、過剰で長期にわたる嘘と、本人の苦痛や人間関係・仕事上の支障との関連が報告されています。一方、症例報告や自己申告に依存する研究が多く、「この特徴があれば虚言癖」と個人を判定できる根拠にはなりません。
この記事では、病的虚言を扱った代表的な研究と2026年の系統的レビューを整理し、分かっていること、まだ分からないこと、原論文を読む時の注意点を分けて解説します。
- 病的虚言は研究上の概念で独立した診断名として確立していない
- 実証研究では過剰な嘘と苦痛・生活機能低下の関連が報告されている
- 2026年レビューは55症例を整理したが一般化には限界がある
- 原論文は研究デザイン・対象者・限界をセットで読む
虚言癖の論文で分かっていること

まず押さえたい研究の現在地
研究論文では、日常語の「虚言癖」と完全に同じ意味で、pathological lying、pseudologia fantastica、mythomaniaなどの語が一貫して使われているわけではありません。対象とする嘘の範囲や、外的利益の有無、本人の苦痛を条件に含めるかも論文によって異なります。
近年の研究で重視されているのは、嘘の回数だけではなく、長期間・広い場面で続くこと、本人や周囲に苦痛や生活上の支障があることです。ただし、病的虚言は独立した正式な診断名として確立しておらず、研究用の概念と医療上の診断を同一視できません。
2020年の実証研究
2020年の「Pathological Lying: Theoretical and Empirical Support for a Diagnostic Entity」は、病的虚言を診断概念として扱えるかを質問紙で検討した代表的な研究です。精神保健関連フォーラム、SNS、大学などから807人を募集し、623人の回答を分析しました。
回答者の13%は、自分または他者から病的な嘘つきだと認識され、1日に多数の嘘をつく状態が6カ月を超えて続くと答えました。この群では、他の回答者より苦痛、生活機能の低下、危険につながる経験が強く報告され、嘘が最初の嘘から膨らむことや、明確な理由がなくても生じることも示されました。
| 確認点 | 読み取れること | 読み取れないこと |
|---|---|---|
| 対象者 | 623人の自己申告を比較 | 日本を含む一般人口の有病率 |
| 主な結果 | 過剰な嘘と苦痛・機能低下の関連 | 嘘が支障を引き起こしたという因果関係 |
| 研究の役割 | 統一的な定義を検討する出発点 | 個人を診断する確定基準 |
大切なのは、13%を「虚言癖の人が人口の13%いる」と読まないことです。募集経路に精神保健フォーラムなどが含まれ、判定も自己申告または他者からの指摘に基づくため、一般人口へそのまま当てはめることはできません。
臨床家調査と測定尺度
2022年の研究では、心理療法家295人に臨床経験を尋ねました。多くの回答者が病的虚言に当てはまる患者を担当した経験を持ち、嘘による支障は人間関係で特に強いと報告しています。定義を示された156人は、4つの事例から病的虚言と関連・非関連の状態を平均84%の正確さで見分けました。
2024年には、過剰な嘘、心理的苦痛、社会的機能低下の3側面を測る19項目のPathological Lying Inventory(PLI)が開発されました。複数の調査で内的一貫性や2週間後の再検査信頼性が確認され、研究で同じ概念を測るための土台ができつつあります。
- 2022年研究は臨床家の経験と事例判断を調べた研究
- 2024年研究は診断ではなく研究用尺度の開発と検証
- PLIには確立した診断カットオフがまだない
- 若年者や女性が多い便宜的標本と自己申告に限界がある
したがって、PLIの項目やネット上のチェックリストだけで自分や他人を診断する使い方はできません。尺度は、研究者が同じ特徴を比較しやすくする道具と捉えるのが安全です。
2026年レビューの示唆
2026年の「Pseudologia fantastica: a systematic review of sociodemographic features and psychiatric comorbidities」は、PubMed、PsycINFO、Scopusを検索し、1914年から2024年1月25日までの英語文献を整理した系統的レビューです。最終的に34報、55症例が分析されました。
症例報告上では、自己誇示、注目を得ること、病人役を引き受けることなどが動機として記録され、健康、職歴、学歴に関する作り話が多く見られました。併存して記録された状態には、クラスターBのパーソナリティ障害、抑うつ、トラウマ関連の問題、物質使用などがあります。
55症例という少数の記録から得た割合は、社会全体の男女比や発生率を示すものでもありません。医療機関に現れ、論文になった目立つ症例ほど集まりやすい選択バイアスを考える必要があります。
虚言癖の論文で未解明な点と読み方

原因と診断境界は未確定
病的虚言がなぜ生じるのかは、一つの原因に絞れていません。過去には脳機能・脳構造との関連、発達歴、トラウマ、パーソナリティ特性などが論じられてきましたが、対象者が少ない研究や、病的虚言とは異なる目的的な詐病・欺瞞を含む研究もあります。
また、研究間で用語と基準が統一されていないため、同じ名称でも別の現象を含む可能性があります。2026年レビューも、約110年にわたる症例をまとめたことで診断概念や用語の変化が混在した点を限界として挙げています。
- 併存症から病的虚言の原因を断定する
- 脳画像研究を個人の見分け方へ置き換える
- 症例報告の男女比を社会全体の割合とみなす
- 日常語の虚言癖を正式な診断名として扱う
論文で関連が示されても、特定の人の背景を外から決めつける材料にはなりません。医療上は、嘘の有無だけでなく、気分、認知、物質使用、発達、生活への支障などを含む全体的な評価が必要です。
治療法の効果は確立していない
2022年の臨床家調査では、治療案として認知行動療法(CBT)を挙げた回答者が多くいました。しかし、これは臨床家が選んだ方法を集計した結果であり、CBTが病的虚言に有効だと比較試験で証明した結果ではありません。
薬物療法についても、病的虚言そのものへの標準薬が確立しているわけではありません。抑うつ、不安、衝動性、物質使用などが併存する場合に、それぞれの状態に応じた治療が検討されます。
相談の準備や相談先の違いは、虚言癖のカウンセリングの選び方で具体的に確認できます。
原論文を読むチェック点
論文名だけで判断せず、まず研究デザインを確認しましょう。症例報告は一人の経過を深く知るのに向きますが、一般化には弱く、横断的な質問紙研究は関連を調べられても因果関係を証明できません。系統的レビューも、元研究が症例報告中心なら、その限界を引き継ぎます。
| 論文 | まず見る項目 | 識別情報 |
|---|---|---|
| 2020年の実証研究 | 募集経路・自己申告・比較群 | PMID 36101870 |
| 2022年の臨床家調査 | 回答者数・事例課題・治療案の位置づけ | PMID 34325526 |
| 2024年のPLI開発 | 尺度の3因子・信頼性・カットオフ未確立 | DOI 10.1007/s12144-024-05900-1 |
| 2026年の系統的レビュー | 検索期間・英語限定・55症例という規模 | PMID 42433822 |
次に、対象者が一般人口、学生、治療中の患者、臨床家のどれなのかを見ます。さらに、本人の自己申告だけか、家族などの情報や行動記録も使ったか、比較対象があるか、著者自身がどんな限界を書いているかを確認すると、数字を過大評価しにくくなります。
- 研究デザインは症例報告・横断研究・尺度開発・レビューのどれか
- 人数と募集経路は結論を一般化できるものか
- 病的虚言を何で定義し誰が判定したか
- 関連と因果を混同していないか
- 診断や治療への応用範囲を著者が限定しているか
まとめ:確実性を分けて読む
虚言癖に関する論文から比較的確かに言えるのは、過剰で持続する嘘に苦痛や生活機能の低下を伴う人が存在し、研究・臨床で共通して捉えるための定義や尺度が整い始めていることです。
一方で、誰にどの程度起こるのか、原因は何か、どの治療がどれほど有効かは十分に解明されていません。論文はラベルを貼るためではなく、分かっている範囲と不確実性を切り分けるために読むのが大切ですね。
新しい研究が出た時も、人数・対象・方法・限界を同じ順で確認すれば、見出しの強い表現に振り回されず、自分に必要な情報を選びやすくなります。
